2019年8月24日土曜日

第34回哲学ジャム@函館の報告

第34回は8月20日午後6時半より,「カポBAR@まるたまスクエア」で開催されました。今回も様々な話題がありましたが,後で考えたことも含めてそれを列挙しておきます。

1.NHK「100分de名著」の「小松左京」についてMさんが感銘を受けたとのことでしばしその話になりました。Mさんが特に感銘を受けたのは『虚無回廊』とのことで,私は録画はしていたがまだ見ていなかったのでジャムの後に全4回を見た。私がよく読んだSF作家は海外ではR.A.ハインラインやJ.P.ホーガン,P.K.ディック,国内では筒井康隆ぐらいのものだったので,小松左京は読んでいなかった。そのうちにSFよりも哲学の方が面白くなってしまった。『虚無回廊』にAEという「人工実存(Artificial Existence)」が出て来るが,「実存」という限りでは人生の一回性が前提となるはずであり,さらに人間の肉体性が必然的な前提である。その限りではアンジェラEという人工実存にも「実存」というには足りない部分がある。私は録画を見ていなかったのでその場でこういう展開にはできなかったが,次回でまた話してみてもよい。

2.ちょうど初代宮内庁長官田島道治の「拝謁記」が報道された直後だったので,昭和天皇が何を考えていたかということにも話題が集中した。NHKの特集は,明治憲法下での君主が,昭和新憲法の下で象徴となることへの困難が端々に窺われる内容であった。その筋の専門家は別として一般には昭和天皇の肉声が聞けた気持ちがしてよかったと思う。意外に率直な物言いをしていたのだなとも思った。田島の記録が残ったのには,国の関与ではなく,その記録を残しておかねばならないと考えた身内の努力があったという話は,現在の政府の資料管理の杜撰さと比べて雲泥の差がある。こういうものは市民の努力に任せているのではなく,国が徹底的に管理して残さなくてはならない。

3.小中学校の教科書に古典が減っているという話。私は現代ものは読まなくてもいいというくらいの古典主義者なので困った流れだなと思った。単に古典的世界に浸かっていればいいというのではない。現代の情報は否応なしに入って来る。Kさんはそういうものに振り回されると言う。そういうときに古典は現在の自分を相対化するのに役立つ。外国語もその相対化に役立つが,会話程度で相対化はできない。外国語の学習を通して文化や考え方の違いを知ることが必要だ。ただし相対化されるだけでは,「いろいろあっていいじゃないか」という立場にとどまるだけかもしれない。しかしそこで初めて何がいいのか悪いのかを考える準備ができたということである。ここから「自分の思索」が始まると言ってよい。その自分の考えを鍛えるのが,例えばこの哲学ジャムという場である。

この他にもいくつか話題があったが,まとめとしては以上にしておく。

次回は9月17日(火)開催の予定です。

2019年8月2日金曜日

第33回哲学ジャム@函館の報告

第33回は7月23日午後6時半より,「カポBAR@まるたまスクエア」で開催されました。今回はあまりまとまった話にならず,第31回で読んだニーチェの『ツァラトゥストラはこう語った』を振り返ってみたり,その背景にあるキリスト教の話になったり,さらに日本の仏教の話になったり,やや議論が拡散した。時事的には参議院選挙直後だったり,「京アニ」の事件があったり,吉本の問題がマスコミに取り沙汰されていたが,哲学的な議論にはつながらなかった。もう少し主宰者(私)が議論をコントロールした方がよかったかもしれない。

次回は8月20日(火)午後6時半からの予定です。