2017年12月22日金曜日

第14回哲学ジャム@函館の報告

函館の「根雪」は観測史上最速で,積雪は平年の4・5倍だそうです。そんな中をみなさん集まっていただきました。今年最後の哲学ジャムは,12月17日に開催された教育大学の哲学カフェの模様などを参加したMyさんに話していただいたり,今年話されたテーマを振り返ったりすることから始まった。話をしているうちにChさんが「最近数学を勉強したくなった」というので,テーマを「数学」に絞った。

後でわかったことだがChさんが数学を勉強したくなった動機は孫と共通の話題が欲しかったということだった。しかし話はChさんが印象に残ったと言う『博士の愛した数式』という映画の話になり,そこに出て来た「完全数」の話になる。たまたまこの日はMyさんとFさんが数学に詳しいということもあり,わかる範囲で説明してもらった。ChさんやMsさんは数学が苦手だと言い,その理由として数学と実生活との乖離があるのではないかと疑問を呈した。これに対しMyさんは,確かに数学者同士は,数学の言葉で話が通じてしまうところがあり,それはなかなか一般の人にはわかりにくいかも知れないとコメント。Fさんは自分の経験から,数学の世界に深く入ってしまうとその謂わば単純な世界に慣れてしまい,現実世界の方がむしろ複雑でわかりにくいものになると言う。実際,三角関数が現実の生活にどう関係するかなどは一般には縁のない話だ。もし三角関数の勉強が一般の何かの役に立つとしたら,数学においてはすべてが積み重ねで成り立っているということかもしれない,とMyさん。確かにユークリッド幾何学も定義と公理をしつこいくらいに確認しながら証明を進めている。基礎的なものの積み重ねの上にしか重要なことは築かれないということを知る手立てとなるのかもしれない。

数学の言葉と同様に,哲学の言葉にも専門家の中でしか通用しないものがあるのではないかとMyさん。哲学の言葉は,その言葉が向かう相手によって随分変わったものになる。数学の場合は学習者がその世界に入っていくのが普通だろうから,その点はあまり意識されないが,哲学の場合は学者以外の一般の人も各人がそれなりの「哲学」を持っていると考えているからそれぞれの言葉の意味が深浅様々な齟齬を生み出しがちである。例えばプラトンの哲学は対話篇という形で残っているから,対話の相手は一般の青年から老練なソフィストまでさまざまである。しかし相手がどんな人であれ,主な対話者であるソクラテスはその議論を一般的な日常言語のレベルまで一旦引き下げ,専門家の内輪話になるのを許さない(前期対話篇)。このレベルでの議論を深めようとすると,やはりプラトンも対話の設定を変えて議論を深めやすい対話相手を選ぶことになる(後期対話篇)。対話篇としては残らなかったアリストレテスの著作はこの議論の深まりの延長線上にある,端的な思考の運動を追ったものと見ることができる。そこに議論を精密化するための専門用語が生まれる。専門用語は議論の精密化のために必要かもしれないが,その操作に習熟したからといって本来の議論が理解できているとは限らない。理解できているかどうかは素人にその説明ができるかどうかに掛かっている。以上今回のまとめとします。

次回の哲学ジャムは「ジャム+」として,カントの哲学の一節を読み,議論してみたい。カントの「専門用語」をどこまで日常的な言葉のレベルまで噛み砕けるか,楽しみである。新年1月13日(土)午後2時からの予定です。

2017年12月12日火曜日

第14回哲学ジャム@函館開催のご案内

第14回哲学ジャム@函館開催の日程が決まりましたのでご案内します。

日時:12月19日(火)午後6時半から
場所:元町「まるたまスクエア」(0138-76-1379)

今年最後の哲学ジャムです。今年の締めのテーマは何になるでしょうか。みなさん,どうぞ今年最後に話してみたいテーマをお持ち寄りください。いつものように,参加費は無料ですが,場所を提供してくださっている「まるたまスクエア」のいずれか一品を注文していただく必要があります。収容人数に限りがありますので,初めてご参加の方は下記:鎌田までご連絡ください。

「哲学ジャム@函館」主宰:鎌田雅年(080-3117-2990)